インド政府の広報局(PIB)が8月23日、再生農業についての背景資料を公開した。同じ日、インド農業研究評議会(ICAR)の土壌科学研究所は「カーボンパトシャラ」でヴィディシャの農家70人を再生農業とカーボンクレジットにつないだと発信し、自然農法とパーマカルチャーを学んだ農家が100品種を超える稲を含む在来種を保存しているという投稿も並んだ。種を採る側と、土の炭素を売る側が、同じ日に同じ話題として並んだことになる。土を良くするという行為が、思想や趣味の領域から、測って値段をつける領域へ引き渡されようとしている。
同じ日に出た三つを、先に分けておく
三つは種類が違う。
インド政府の資料は、数字を伴う公的な整理だ。2026年3月時点で自然農法のクラスターは18,786か所、面積で約88万ヘクタール、登録農家は約182万人。土壌健康カードは制度開始からの累計で約2億5,890万枚が発行されている。
ICARの70人は、その研究所が自分の取り組みについて出した発信だ。一つの県の規模であり、第三者が数えた数字ではない。在来種と100品種超の稲も同じく、農家を育てた団体の側からの発信になる。
それでも、三つが同じ日に並んだこと自体は動かない。そして扱われている題材は一つに繋がっている。土の状態だ。
種を採ることと、炭素を売ることは、入口が同じ
自家採種とカーボンクレジットは、方向が逆に見える。片方は市場から降りるための技術で、もう片方は市場に乗せるための技術だ。
ただし始まりは同じところにある。自分の土がいまどうなっているかを把握しないと、どちらも成立しない。
インドの土壌健康カードは、その把握を制度の側から配っている。主要な栄養素と微量要素、土の性質を含む12項目を区画ごとに調べ、2年ごとに更新する。何をどれだけ撒くべきかという助言は、その上に載る。
種の側も同じだ。どの品種がこの土とこの雨で残るのかを知らなければ、採った種は次の年に繋がらない。品種を保存する行為は、土地の記録を持つ行為とほとんど重なっている。
政府資料の農林複合(アグロフォレストリー)の支援項目には、「農業分野における自主的炭素市場向けプロジェクトの組成」が並んでいる。土を測る仕組みと、炭素を売る仕組みが、同じ制度の中で隣り合わせに置かれ始めている。
日本にも入口はある。ただし単位が違う
日本にも農業分野のクレジットはある。J-クレジット制度で、農林水産省はバイオ炭の農地施用と水稲の中干し期間延長を農業分野の項目として案内している。認証されたクレジットは温室効果ガスを排出する側の大企業などへ売却でき、売却益を得られる、と同省は説明する。
ここで単位を見ておきたい。同省が紹介している事例は農業法人や生産者のグループで、団体単位で取り組む「プログラム型プロジェクト」も案内されている。インド側も、自然農法の奨励金は1エーカーあたり年4,000ルピーを2年間、農家1人あたり1エーカーまでという設計だ。どちらも単位は畑であって、プランターではない。
もう一つある。値段がつくのは「土を良くしたこと」一般ではない。制度は「方法論」という形で、何をどう測るかを先に決めている。認証が出るのは、決められた手順を踏んだことに対してだ。良い土を作ったが手順の外だった、という結果はふつうに起こりうる。
制度が届かない側で、先に整えられること
家庭菜園やベランダの土は、当面どの制度の単位にも入らない。ではこの話は無関係かというと、そうでもない。
制度が要求しているものを分解すると、中身は記録だ。いつ何を入れたか、どこがどう水を捌いたか、何年目にどの品種が残ったか。この記録は、制度の側が来ても来なくても手元に残る。つけること自体には、ほとんど費用がかからない。
ただし、その記録が将来クレジットに変わる保証はない。第三者に検証させるには決められた測り方が要り、その費用は面積が小さいほど割に合わなくなる。記録は制度への切符ではなく、自分の土を自分で判断するための材料だと考えたほうが、たぶん外れない。
種の側も構造は同じだ。100品種を残している人が持っているのは、種そのものより、どの種がどこで残ったかという記録である。
土を良くする行為に値段がつき始めたとき、値段のつく手順の側へ寄せていくのか、それとも自分の記録を自分のために続けるのか。あなたの土は、いま誰のために測られているだろう?
参照
- 再生農業の背景資料 — 自然農法クラスター・土壌健康カード12項目・アグロフォレストリー項目の自主的炭素市場・奨励金1エーカー年4,000ルピー(インド政府広報局、2026年8月23日)
- 同資料の告知投稿(インド政府広報局 @PIB_India、2026年8月23日)
- 「カーボンパトシャラ」がヴィディシャの農家70人を再生農業とカーボンクレジットにつないだとの発信(インド農業研究評議会 @icarindia、2026年8月23日)
- パンジャブとチャッティースガルの農家が在来種と100品種超の稲を保存しているとの発信(Art of Living 側、2026年8月23日)
- 農業分野の項目(バイオ炭の農地施用・水稲の中干し期間延長)、団体単位の「プログラム型プロジェクト」、クレジット売却益の説明(農林水産省)