連邦準備制度理事会 (FRB) の研究者が3月に出した論文と、8月20日に公開された FRED ブログの記事が、同じ一つの推計を指している。ChatGPT が公開された2022年11月以降、コーダーの雇用は「減った」のではなく、「増えるはずだった分が増えなかった」。その差は年およそ3%だ。
「AI にコードを書く仕事を奪われるのか」という問いは、奪われた/奪われていないの二択で語られてきた。だが手元の数字が示しているのは三つ目の形で、しかもこの形は個人の打ち手を変える。職が消える話と、入口が狭くなる話は、備え方が違う。
減ったのではなく、伸びが折れた
Leland D. Crane と Paul E. Soto (FRB) の「AI and Coder Employment: Compiling the Evidence」(2026年3月20日) は、O*NET でプログラミングが重要な技能とされる職種を特定し、その雇用を米国の労働力調査 (CPS) で月次に追ったものだ。
ChatGPT 公開前、コーダーの雇用は年およそ4.8%で伸びていた。同じ時期の民間雇用全体の伸びは約1.3%だから、3倍以上の速さだ。公開後、その伸びが折れる。産業側の要因を取り除いた推計では、伸び率は年およそ3%低い (基準となる推計値は-3.22)。
コーダーの比率が高い産業ではもっと露骨で、公開前の年6%前後の伸びが、その後はほぼ横ばいか、わずかに減少へ転じている。
ただし著者たちは同時に、コーダーの雇用は公開後も増え続けていると書く。伸びが遅くなっただけで、総数が縮んだわけではない。
「50万人」という数字の、正しい読み方
論文には50万という数字が出てくる。2022年11月時点の573.5万人を基点に、年3%の差を3年ぶん積み上げると、LLM が大規模に使われなかった世界には、あと50万ほどのコーダーの職が存在したはずだ、という計算だ。
この数字は独り歩きしやすい。著者たち自身が、AI が経済から50万の職を消したという意味には取らない、と明記している。理由は三つ挙がっている。第一に、その人たちの多くは別の職種で職を見つけただろうこと。第二に、AI が職種ごとの仕事の中身を組み替えているなら、いま管理職や他の職種に進んだ人が、そこでコードの技能を使っている可能性があること。第三に、この種の推計は自動化が全体の生産性や労働需要に与える効果を計算に入れていないこと。
「3%」も因果関係の断定ではない。著者は、これを単純な因果効果として解釈することに警告すると書いている。同じ分野には、生成 AI の利用が賃金や雇用にほとんど痕跡を残していないとする研究 (Humlum・Vestergaard, 2025) もあり、決着はついていない。
縮んだのは部屋ではなく、入口かもしれない
もう一つ、この論文が拾っている数字がある。賃金だ。コーダーの平均賃金 (対数・上下1%を除外) を見ても、2022年に切れ目は見えない。著者は、主な効果は雇われているコーダーの人数に出ていて賃金には出ていない、と結論している。
人数に出て、賃金に出ない。これは、いま職にある人の待遇が削られたというより、新しく雇う枠が絞られたという形に近い。実際、Indeed のデータではソフトウェア開発者の求人は2022年から2023年にかけて5割以上落ち、2024年以降はほぼ横ばい、直近ではやや上向いている。
年齢についても関連研究が引かれている。Brynjolfsson らの研究 (2025) は、AI 露出度の高い上位2四分位の職種で、22〜25歳の雇用が最下位四分位に比べておよそ12%落ちたと報告している。ただしこれは Crane と Soto 自身の発見ではなく、別の手法による相対的な差の推計だ。彼らはこれを粗い換算だと断った上で、自分たちの試算と桁が合うことを確認している。
部屋の広さより、入口の幅が変わった。すでに中にいる人と、これから入る人では、見えている景色が違う。
では、何を積むか
この論文には、意外な事実がもう一つある。コーダーのおよそ4割は「コンピュータシステム設計・関連サービス」(NAICS 5415) で働いている。著者の表現を借りれば、最も典型的なコーダーはシリコンバレーのテック企業でも、スタートアップでも、他業種の社内開発者でもなく、受託でソフトウェアを作っている人だ。
そして著者たちが未解決の問いとして並べたものの中に、こうある。遠隔やオフショアでコーディングを請け負う事業者は、より脆弱なのか。長期的にはコーダーの雇用の趨勢は反転するのか——ずっと安くなったコーディングに、新しい使い道が生まれることによって。
つまりこの推計が語っているのは、「書く速さ」の価値が下がったという話ではない。書く速さが安くなったとき、誰の何が残るかがまだ決まっていない、という話だ。
ここで、この数字の限界も同じ場所に置いておきたい。CPS は米国の調査で、日本の雇用について直接語るものではない。3%は伸びの差であって、いま職にある人が解雇される率ではない。そして著者自身が答えを持たない問いが残っている。企業がコーダーを減らしているのは、実際に生産性が上がったからなのか、これから上がると見込んで採用を止めているだけなのか。後者なら、止まっているのは需要ではなく判断だ。
学ぶ側にとって、この違いは小さくない。実際の生産性向上が理由なら、積むべきは「AI が苦手な部分」だろう。採用の様子見が理由なら、いま入口が狭いことと、3年後に狭いことは別の話になる。どちらであるかは、まだ誰も測っていない。
あなたがこれからの数年で積む時間を、「速く書けること」の外側に置くとしたら、それはどこだろうか?