2026年9月8日、米国のサイバーセキュリティ・インフラ安全保障庁 (CISA) が、国家安全保障局 (NSA)・連邦捜査局 (FBI) と連名で共同助言 AA26-251A を公開した。中国拠点の AI 企業 6 社を名指しし、そのうち Moonshot AI については、同社の Kimi-K3 の訓練に Anthropic の Claude Fable 5 から得たデータを、Kimi-K2 の訓練に OpenAI の GPT-4o から得たデータを使ったと記述している。
Kimi K3 は 7 月に重みが公開され、いま誰でもダウンロードできる状態にある。手元に落とせる道具の出どころが、政府の文書に書かれた。ただしこれは、使う側に届いた禁止の通知ではない。判断材料が一つ増えた、という話だ。
助言が言っていることの範囲
語の範囲を先に狭めておきたい。助言が扱うのは知識蒸留 (knowledge distillation) — 性能の高いモデルの出力を使って別のモデルを訓練する、機械学習では標準的な手法だ。助言はこの手法そのものを問題にしているのではなく、産業規模での使われ方を問題にしている。
名前が挙がったのは DeepSeek・Moonshot AI・Alibaba・MiniMax・StepFun・Z.AI の 6 社。2024 年後半以降、Claude・GPT・Gemini・Grok の各種モデルに対して、数百万回のやりとりを通じて数十億トークンを抽出したとある。手口として、中継所となるプロキシの利用、メタデータを隠した不正アカウント、有料契約の一括購入、自動化された要求の振り分けが挙げられている。Moonshot AI の活動は 2025 年半ば以降とされる。
ただし、これは当局の主張であって司法の判断ではない。中国政府の関与についても、助言は認識していた可能性が高いという評価に留めている。Moonshot 側は独自開発の立場を崩していない。同社の Randy Xian 氏は、Fable 5 の公開が 7 月 1 日、K3 の公開が 7 月 15 日だったことを挙げ、新しいフロンティアモデルをたった 15 日で訓練したことになる、と皮肉で応じたと South China Morning Post が伝えている。モデルの出力に著作権は及ばない、という反論も研究者から出ている。外から見て、どちらが正しいかを今の時点で確定させる材料はない。
推奨の宛先は、提供する側だった
助言が挙げる対処は 3 つある。異常なプロンプトやアカウントの挙動を検知すること。蒸留の疑いがある要求に対して応答をわずかに変えること。モデル提供者・クラウド事業者・API 集約事業者のあいだで情報を共有すること。
3 つとも、モデルを提供する側に向けられている。CISA のニック・アンダーセン長官代行の言葉も、AI 企業に対して自社のプラットフォームを守る措置を直ちに取るよう強く求める、というものだった。公開された重みを落とすこと、手元で動かすことについて、助言は何も指示していない。位置づけとして書かれているのは、これらの手口が米国企業の利用規約に違反するという点だ。規約は当事者間の契約であって、ダウンロードした側を縛るものではない。
つまり使う側にとって、この文書は行動を変えろという命令ではない。自分が何を使っているのかの説明が一つ増えた、という性質のものだ。
落とせることと、動かせることは違う
出どころの話に踏み込む前に、実際の距離を測っておきたい。
Kimi K3 は総パラメータ 2.8 兆、1 トークンあたり実際に動くのは 104 億というエキスパート混合型で、896 のエキスパートから 16 が選ばれる。コンテキスト長は 1,048,576 トークンで、テキストと画像と動画を同じモデルが扱う。配布元が推奨する推論エンジンは vLLM・SGLang・TokenSpeed のいずれかで、どれも複数 GPU のサーバーを前提にしている。
重みは誰でも落とせる。だが個人の手元の機材で動くものではない。実際に個人が触る経路は、kimi.com か公式 API か、第三者が立てたホスティングになる。この時点で、自分の手元にあるという感覚と実態はずれている。出どころが気になって自前で持とうとしても、持てる形になっていない。
ライセンスも MIT ではない。配布されるのは独自の Kimi K3 License で、使用・複製・改変・再配布・追加学習は認められる。一方、モデルを有料サービスとして提供する事業で連続 12 か月の合算売上が 2,000 万ドルを超える場合は、Moonshot AI との別途契約が要る。月間アクティブ利用者 1 億人超、または月間売上 2,000 万ドル超の製品に組み込む場合は Kimi K3 の名称表示が求められる。第三者に提供しない内部利用と、公式製品・認定パートナー経由の利用は、これらの適用外だ。個人や小規模の利用でまず閾値に触れることはないが、無保証であることは明記されている。
選ぶ基準に、出どころを入れるか
道具を選ぶとき、これまで見てきたのは性能と価格と、使い続けられるかどうかだった。そこに出どころという軸が一つ足された。
足されただけで、答えは決まらない。出どころが争点になったからといって、公開済みの重みが消えるわけではない。モデルの性能が落ちるわけでもない。一方で、提供する側が検知と防御を強めれば、この先に同じ形で出てくるモデルの数も中身も変わりうる。今日落とせているものが、次の世代も同じように置かれているとは限らない。
判断は分かれてよい場所だと思う。争いの決着まで距離を置く人がいる。規約違反は提供者どうしの問題で、落とせる形で置かれたものは使う、という人がいる。どちらも筋は通る。
一つだけ動かしにくいのは、選んだ理由を自分で言えるかどうかだ。性能が良かったから、で止めるのか。誰がどう作ったかを知った上で、それでも使うと決めるのか。あなたは何を基準に、手元の道具を選び直すだろうか?