イーサリアム共同創設者のヴィタリック・ブテリン氏が 10 月 4 日、自分の健康と旅行のデータをもとにフロンティア AI の助言を受けつつ、個人情報は渡さないという自己実験の結果を X に書いた。手元で動く AI を窓口に立て、大きな AI には匿名化した質問だけを送る構成で、本人は「すべて動いた」と報告している。
AI に相談はしたいが、自分のことは預けたくない。この二つを同時に満たす道具立てが、個人の机の上でどこまで組めるのか。設計図として読める実験だ。
三つの層で、誰が聞いているかを隠す
統括役は手元のモデル (本人は Qwen 3.8 Flash Next と名を挙げる) で、手元のモデルが持たない知識や高度な推論が要る場面だけ、遠隔の強力なモデルを「道具」として呼び出す。そのうえで、身元が漏れる経路を三つに分けて塞いだ。
- 書いた内容と文体: 遠隔のモデルへの質問文は、本人ではなく手元のモデルが書く。個人を特定する情報や、文章の癖から身元が割れるのを防ぐ
- 支払いの経路: zkAPI で利用料を払う。誰の入金かを明かさずに支払える
- 通信の経路: Tor を通し、IP アドレスから身元をたどれないようにする
本人は「三つすべてが必要」と書き、少なくともある程度は、ようやく三つがそろったとしている。手元のモデルには、最小限の情報で遠隔のモデルに質問を組み立てるための指示書 (skill ファイル) を持たせ、Tor 経由の zkAPI をコマンドとして渡した。
実験の題材は健康と旅行のデータだが、返ってきた食事や運動の助言の中身は公開されていない。ここで読むべきは助言の当否ではなく、データの渡し方の設計だ。
zkAPI は何をしているか
GitHub の ethereum/zkapi リポジトリによると、zkAPI は AI などの API の利用料を ETH で払い、リクエスト同士を結びつけられない形で使うための仕組みだ。Open Anonymity がイーサリアム財団と共同で開発し、ゼロ知識証明を使って「支払い能力がある」ことだけをサービス側に示す。入金した ETH から使った分だけ払い、残りはオンチェーンで引き出せる。リポジトリはプロトコルを実験段階と明記している。
ブテリン氏はこの実験に合わせ、10 月 3 日付で Tor 経由のクライアントモードを加えるプルリクエスト (#16) を出した。Tor の回線は立ち上がりが遅いため、一部の通信の待ち時間の上限を 10〜15 秒から 60 秒へ延ばす変更も含む。執筆時点では、まだ取り込まれていない。
本人が書いた四つの弱点
- Tor は、リクエストごとに身元を切り離す使い方に向けて作られていない。プライバシーとして十分でない可能性があり、待ち時間は本来より 10〜100 倍長い
- 指示書による質問の組み立て方は、最適からはまだ遠い
- 手元のモデルは毎秒 20〜30 トークンで動くが、速いと感じ始めるのは 100 以上から
- 遠隔のモデルに渡すデータを慎重に絞るほど、遠隔のモデルが助けられる範囲も狭くなる
最初の三つは、道具が育てば縮んでいく。四つ目は残る。何を渡し、何を渡さないかを決めるのは、どこまで技術が進んでも使う人の側だ。
自分の机に置き換えると
いまの構成は、開発者向けの組み立てに近い。手元でモデルを動かせるだけの計算機、ETH を入れたウォレット、Tor、コマンドラインの操作が要り、どれか一つ欠けても三層はそろわない。待ち時間も、日常の相談に使うには長い。
一方で、考え方だけなら今日から借りられる。遠くの AI に聞く前に、名前・日付・場所といった身元につながる情報を抜いてから聞く。それを人がやるか、手元の AI にやらせるかの違いだ。全部を手元で完結させる、匿名化してから遠隔に聞く、利便を優先してそのまま預ける。どれを選ぶかは、扱うデータの重さで変えてよい。
次に確かめられること
ethereum/zkapi のプルリクエスト #16 が取り込まれるかどうかが、最初の目印になる。取り込まれれば、Tor 経由で zkAPI を呼ぶ手順がリポジトリの正式な使い方に加わる。zkAPI を自分で触ってみたい場合は、リポジトリが案内する Open Anonymity の OA Chat で、Ethereum ウォレットの選択肢から試せる。
ことば
- ローカルモデル — 手元のパソコンやスマートフォンの上で動かす AI モデル。質問の中身が外に出ない代わりに、性能と速度は機器の計算能力に縛られる。今回は大きな AI への「窓口」役に回った。
- ゼロ知識証明 — ある事実が正しいことを、その事実の中身を見せずに相手に納得させる暗号の技術。zkAPI では「支払える」ことだけを示し、どの入金が自分のものかは明かさない。
- Tor — 通信を複数の中継点に通して、接続元の IP アドレスを隠すネットワーク。匿名性は高いが、経由する分だけ通信は遅くなる。
手元の AI に任せる門番の仕事と、遠くの AI に渡してもいい情報。あなたなら、その線をどこに引くだろうか?