Google DeepMind が9月8日、人間のゲノムで起こりうる1文字の置き換え90億通りすべてについて、細胞の中で何が起きるかの予測をまとめた AlphaGenome Atlas を公開した。学術研究なら無料で引ける一方、公開時の説明には、臨床での利用について検証も承認もされていないと明記されている。
自分の遺伝情報をデータとして手元に持つ人が増えている。90億通りという数字の内側で、何が地図に載り、何が載っていないのかを見ておきたい。
90億通りが指している範囲
対象は一塩基多型、つまりDNAの並びのうち1文字だけが別の文字に置き換わった違いだ。文字が増えたり抜けたりする挿入・欠失や、もっと大きな構造の変化は、この地図には入っていない。ゲノムで起こる変化のすべてではなく、そのうち最も単純な型を全部並べたものにあたる。
データの量は1ペタバイトで、同じ DeepMind のタンパク質構造データベース AlphaFold の30倍を超える。変異ごとに複数の細胞種・組織での分子レベルの予測が入り、それらを AVI という一つの数値にまとめて順位づけできるようにしてある。
範囲の広げ方には理由がある。ヒトのDNAのうち98%はタンパク質を直接つくらない非コード領域で、形質に関わる変異の多くはそこにある。既存の手法が手薄だったのはこの領域で、Atlas はそこを埋めにいっている。
無料で引けても、答えは返らない
公開されているのは学術研究向けのウェブポータルと API で、商用利用は Google Cloud 経由で後から提供される予定になっている。誰でも位置を指定して予測を見られるという意味では、開き方はかなり広い。
ただし DeepMind 自身が、これは医療上の助言や診断、治療の代わりにはならず、臨床での利用に向けて検証も承認もされていないと書いている。Scientific American は、AlphaFold のデータベースの30倍の規模でありながら精度でははるかに劣ると伝え、研究の出発点として位置づけている。カリフォルニア大学サンディエゴ校のジョナサン・セバト氏が語る利点も、自分で計算しなくても引けるようになったという研究現場の効率の話だ。
引けることと、分かることは別のところにある。
個人の側に残る距離
この地図を個人の立場から見ると、できることとできないことがはっきり分かれる。位置を指定して予測値を見ることは無料でできる。その値が自分の体で何を意味するのかを決めることは、この地図の外側にある。
対象外の変化も残る。挿入や欠失、構造変化は入っていないので、手元の検査結果に出ている違いが必ず引けるとはかぎらない。加えて、返ってくるのは確率的な予測であって観測ではない。順位づけのための数値を、答えとして読む使い方は想定されていない。
個人が触れられるデータの量は、この数年で急に増えた。増えたのは数値であって、解釈はまだ人の側に残っている。誰にどこまで解釈を預けるかは、データが増えるほど先に決めておく話になる。
ことば
- 一塩基多型 — DNAの並びのうち1文字だけが別の文字に置き換わった違い。今回の地図が対象にしているのはこの型だけで、文字が増えたり抜けたりする変化は含まれていない。
- 非コード領域 — タンパク質の設計図を直接は持たないDNAの部分で、全体の約98%を占める。遺伝子がいつどれだけ働くかの調整に関わり、形質に結びつく変異の多くがここにある。
- AVI スコア — 変異の影響の大きさを一つの数値にまとめた指標。どの変異から調べるかの順位づけに使うためのもので、病気の有無を判定するためのものではない。
自分の遺伝情報について、予測の数値と、その意味づけ。あなたはどちらを他人に預けているだろうか?