Samsung と LG のスマートテレビで、画面の中身を照合して視聴内容をメーカーへ送る ACR (自動コンテンツ認識) は、HDMI でつないだパソコンやゲーム機の画面にも働いていた。英国と米国でテレビの通信を測った研究チームが、2024 年 11 月の国際学会 IMC でそう報告している。
IMC 2024 論文 Watching TV with the Second-Party (Samsung・LG の ACR 通信を英米で計測・同意を外す項目の一覧)arXiv.org
ジョージ・オーウェルが小説『1984』に描いた、映すと同時に見張る画面「テレスクリーン」を思わせる話だ。ただし、両者には決定的な違いが一つある。ACR は、持ち主が止められる。
似ているところと違うところを一次資料で分けたうえで、二つが近づくのはどこか、そして家で何を決めておけるかを考える。
まず、確かめられること
研究したのはユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、米カリフォルニア大学デービス校、スペインのマドリード・カルロス 3 世大学のチームだ。英国と米国で買った Samsung と LG のテレビを使い、テレビと ACR のサーバーのあいだを流れる通信を外から観測した。テレビの中身を開けずに、何が送られているかを測る方法だ。
比べた使い方は六つある。アンテナでの放送、メーカーの無料チャンネル、Netflix などの他社アプリ、HDMI でつないだパソコンやゲーム機、スマホからの画面転送、そしてホーム画面のまま置いておく場合だ。ACR の通信が最も多かったのは、放送と HDMI だった。Netflix や YouTube を見ているあいだは、ACR の通信は見られなかった。
論文が引くメーカーの資料では、Samsung は 0.5 秒ごと、LG は 0.01 秒ごとに画面を取り込む。送信はまとめて行われていて、Samsung はおよそ 1 分ごと、LG はおよそ 15 秒ごとだった。
止める側の結果もはっきりしている。テレビの設定で広告と追跡に関わる同意をすべて外すと、ACR のサーバーとの通信はまったく出なくなった。アカウントにログインしているかどうかは、ほとんど影響しなかった。
国による違いもあった。英米でテレビがつなぐサーバーは別で、米国ではメーカーの無料チャンネルを見ているあいだも ACR が動いていた。英国の Samsung のテレビは、通信の一部を、所在地がニューヨークと推定されるサーバーへ送っていた。
範囲も書いておく。調べたのは 2 社のテレビを 2 か国で、測ったのは 2024 年だ。日本で売られているテレビや他社の機種がどう動くかは、この研究からは分からない。
オーウェルのテレスクリーンは、何をしていたか
『1984』は 1949 年に出た小説だ。冒頭、主人公ウィンストンの部屋の壁には、金属の板のような画面がはめ込まれている。音を小さくすることはできるが、完全に消す方法はない。画面は受信と送信を同時に行い、ささやき声より大きな音を拾い、視野に入れば姿も見る。
いつ見られているのかを知る方法は、なかった。だから人々は、出す音はすべて聞かれていると仮定して暮らした。監視の中身より、確かめられないことのほうが人を縛っていた。
小説の後半には、例外が出てくる。党の中枢にいるオブライエンが、壁のスイッチを押してテレスクリーンを止めてみせる。驚くウィンストンに、彼は "We have that privilege." (我々にはその特権がある) と答える。止められること自体が、権力の印だった。
似ているところ、違うところ
並べてみると、似ている点ははっきりしている。
- 画面が、映すことと同時に、映したものを記録して送る
- 映すものを選ばない。放送だけでなく、HDMI でつないだ仕事用のパソコンの画面も照合の対象になりうる
- 気づかないまま動きうる。論文も、止める設定はいくつもの画面に分かれていることが多く、一つで全部を切れるスイッチはないと書いている
違う点も同じくらいはっきりしている。
- 見ているのは国でなく会社で、目的は広告と視聴の計測だ
- 止められる。研究の範囲では、同意を外せば通信は止まった
- 見られているかどうかを、外から確かめられる。研究チームは通信を測って、それを示した。ウィンストンには、それができなかった
- 置いたのは自分だ。お金を払って買い、居間に据えた
いちばん大きな違いは、スイッチの持ち主だ。『1984』では、止めるスイッチは党の中枢だけの特権だった。いまのテレビでは、スイッチはすべての持ち主に配られている。ただし、その場所を知っている人は多くない。
安いテレビと、売れる視聴データ
テレビが画面の前の人を見る理由は、会社の数字に出ている。
米国のテレビメーカー Vizio は 2017 年、米連邦取引委員会 (FTC) とニュージャージー州に 220 万ドルを払って和解した。FTC によると、Vizio は約 1100 万台のテレビで、画面に映る映像の情報を秒単位で集めていた。集めた視聴データには、性別・年齢・収入・婚姻の有無・世帯の人数・学歴・持ち家かどうかといった情報を付け、第三者に売っていた。和解の命令は、集める前にはっきり知らせ、明示の同意を得ることを求めた。
それから 7 年後の 2024 年 7〜9 月期、Vizio の広告と視聴データの事業は 1 億 1580 万ドルの粗利を出した。会社全体の粗利は 1 億 910 万ドルで、テレビ本体の事業は差し引きで赤字だった。利益の出どころは、テレビ本体より、売ったあとのテレビの前に座る人のほうにある。Vizio は今回の研究の対象ではないが、ACR が何のためにあるかを示す数字だ。
会社のデータが、国に届くとき
ここで、話は『1984』に近づく。テレスクリーンの怖さは画面そのものより、画面の先に国がいることにあった。
米国家情報長官室 (ODNI) が 2023 年 6 月に機密を解除して公開した報告書 (2022 年 1 月付) は、情報機関が民間から買えるデータを扱っている。報告書によると、市販のデータには「ほぼすべての人」の情報が含まれていて、かつては狙いを定めた収集でしか手に入らなかった種類のものも多い。報告書はこうも書く。政府が何十億もの人に位置を追う装置を持ち歩かせることは、決して許されなかった。だがスマホ、つながる車、ネットにつながる機器が、政府が関わることなく同じ状態をつくった。報告書はテレビを名指ししていない。それでも、ネットにつながる家の機器が同じ流れのなかにあることは読み取れる。
国の名前がはっきり出たのは、テキサス州の訴訟だ。州の司法長官は 2025 年 12 月 15 日、Sony・Samsung・LG・Hisense・TCL の 5 社を ACR による無断の収集で訴えた。発表は、中国に本社を置く Hisense と TCL について、中国の国家安全法によって中国政府が米国の消費者のデータを手にしうると懸念を書いている。
その後、2 社が合意した。Samsung は 2026 年 2 月 26 日で、明示の同意なしに ACR の視聴データを集めることをやめ、分かりやすい同意画面へテレビを更新する。LG は 5 月 11 日で、視聴データの集め方を説明する表示をテレビに出すこと、簡単に外せる方法を用意すること、そして視聴データを中国共産党へ移すことを禁じる内容を含む。LG の合意を発表した時点で、Sony・Hisense・TCL の訴訟は続いている。
居間の画面が何を映したかという記録は、広告のための資料にもなれば、国が買える商品にもなりうる。どちらに転ぶかは、画面の先にある契約と法律で決まる。
日本のルールが約束していること
日本では、個人情報保護委員会と総務省の「放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン」が、テレビの視聴履歴の扱いを定めている。最新版 (2025 年 10 月施行) の第 42 条は、次の三つを約束する。
- 本人の同意なしに、料金の請求・統計の作成・匿名加工情報の作成に要る範囲を超えて、視聴履歴を扱ってはならない
- 同意しなかったことを理由に、放送を受信させないことはできない
- 同意したあとでも、本人が求めれば取得を止め、その方法を知らせなければならない
止められることは、日本のルールでも約束されている。
ただし、このガイドラインが「視聴者特定視聴履歴」と呼ぶのは、特定の日時にどの放送番組を見ていたかが分かる記録だ。HDMI でつないだパソコンの画面やゲームの画面は、放送番組ではない。今回の研究が見つけた HDMI の画面の照合は、このルールの言葉が想定する外にある。日本で売られているテレビの ACR が HDMI の画面にどう働くのかも、今回の研究からは分からない。
スイッチの場所を知ったうえで、何を決めるか
家でできることは四つある。どれにも代わりに失うものがある。
一つ目は、同意を外すことだ。研究チームが切った項目は、Samsung では視聴情報サービスへの同意 (英語の画面では Viewing Information Services)、LG ではプライバシーと規約の画面にある視聴情報の利用への同意 (同 Viewing information agreement) が中心で、個人に合わせた広告やおすすめの項目もあわせて切っている。日本語のメニュー名は機種によって違う。切れば、視聴データを使うおすすめの表示などは弱くなる。
二つ目は、パソコンやゲーム機の画面としてしか使わないテレビを、ネットにつながないことだ。つながっていなければ、照合した結果を送る先がない。代わりに、アプリは使えず、ネット経由で届くソフトの更新も受け取れなくなる。配信を見るテレビには向かない。
三つ目は、テレビをルーターのゲスト用のネットワークに分けることや、家全体の通信を DNS の段階で選別するサービスで、追跡用の宛先を止めることだ。分けられないルーターもあるし、必要な通信まで止まって、一つずつ許可し直す手間が出ることもある。
四つ目は、買ったときの最初の設定だ。そこで同意の画面が出たら、読んでから進める。読まずに進めた項目を、あとで設定の奥から探し直すほうが手間は大きい。ソフトの大きな更新のあとにも、設定を一度見直しておくと確かめやすい。
どこまでやるかは、そのテレビに何を映すかで変わる。家族で放送を見るだけの居間のテレビと、仕事のパソコンをつなぐ書斎のテレビとでは、答えが違って当然だ。
ウィンストンには、止めるスイッチも、確かめる方法もなかった。いま、スイッチは手元のリモコンの奥にある。
見ておきたい点
次に確かめられる先は三つある。
- テキサス州司法長官の発表ページ。Sony・Hisense・TCL の訴訟が合意か判決に進むと、そこに出る。LG の合意が求めた説明の表示が、実際のテレビにいつ出てくるかも見どころだ
- 研究チームが GitHub (SafeNetIoT/ACR) で公開したコードとデータ。同じ方法で他社の機種や日本のテレビを測る報告が出れば、この記事の分からない部分が埋まる
- 個人情報保護委員会のガイドラインのページ。ガイドラインは第 44 条で、技術の変化に応じて見直すとしている。放送番組でない画面の扱いが言葉になるかどうかは、次の改正で分かる
ことば
- ACR — 自動コンテンツ認識。画面や音を短い指紋のようなデータにして照合し、何を見ているかを特定する技術。広告の効果測定やおすすめに使われ、テキサス州の訴訟と合意は、この同意の取り方を正面から問題にした。
- テレスクリーン — オーウェルの『1984』に出てくる、壁にはめ込まれた画面。放送を流しながら部屋の音と姿を拾い、住人は消すことができない。止められるのは党の中枢だけで、その特権が監視される側との境目になっていた。
- 市販データ — 民間のデータ業者などから、誰でもお金を払って買えるデータ。位置情報やネットの利用記録を含み、米国の情報機関も買っていることを ODNI の報告書が認め、扱いのルールづくりを求めた。
止めるスイッチがあなたの手元にあるとして、あなたはそのテレビに、何を見せ、何を見せないことにするだろうか?
参照
IMC 2024 論文 Watching TV with the Second-Party (Samsung・LG の ACR 通信を英米で計測・同意を外す項目の一覧)arXiv.org
テキサス州司法長官 2025年12月15日の発表 (5 社の提訴・中国の国家安全法への懸念)Texas Attorney General
テキサス州司法長官 2026年2月26日の発表 (Samsung との合意)Texas Attorney General
テキサス州司法長官 2026年5月11日の発表 (LG との合意・残る 3 社の訴訟)Texas Attorney General
FTC 2017年2月6日の発表 (Vizio の和解・1100 万台の視聴データ)Federal Trade Commission- Vizio 2024年第3四半期決算 (SEC 提出資料・広告と視聴データの事業の粗利)sec.gov
- 米国家情報長官室 (ODNI) の機密解除報告書 (市販データと情報機関・2022年1月付)dni.gov
- 放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン 最新版 (個人情報保護委員会・総務省・第 42 条)ppc.go.jp