チャールズ・ホスキンソン氏は10月10日の東京での講演で、自分の口座の支払い履歴を AI に読ませたら、気づかずに払い続けていたサブスクリプションが115件見つかったと明かした。AI が暮らしの手続きを引き受け始めたいま、問いは「何をしてくれるか」から「その AI は誰のために働くか」へ移りつつある。
ホスキンソン氏は暗号資産の Cardano の開発を主導し、続いて Midnight を立ち上げた人物で、この日の講演は「スマートコントラクトの次に来るもの」がテーマだった。それでも話の中心は、意外なほど暮らしの場面にあった。講演に出てきた場面を手がかりに、AI を「借りる」ことと「持つ」ことの違いを考えてみたい。
115件のサブスクと、口座を読む AI
ホスキンソン氏は、自分がどれだけの「吸血サブスク」を抱えているか気になったという。毎月少しずつ引き落とされ、使っていないのに止めていない契約のことだ。複数の口座の過去6か月分の支払いを AI に読ませると、115件が見つかった。
カード明細を一行ずつ見直す作業を、AI は一度に片づける。便利さは疑いようがない。ただ、その前提として、AI にすべての口座の中身を見せている。ホスキンソン氏自身も講演の後半で、この種の AI が悪意のある人の手に渡ったときの怖さを挙げた。財布だけでなく、メールも医療記録も、つながっているものすべてを一度に握られることになる。
便利さの大きさと、預ける情報の大きさは比例する。ここから先の場面は、どれもその釣り合いをどう取るかという話だ。
「あなたを知っている」から頼める
講演で何度も出てきたのは、AI が本当に役に立つのは持ち主のことをよく知っているときだ、という指摘だった。
たとえば東京への出張で飛行機を取ってもらう場面。杖をついて歩くこと、子ども二人を連れていること、夜は移動できないこと、4時間を超える便なら足元の広い席が要ること。そうした条件を知っていれば、AI は「最安の便」ではなく「その人が乗れる便」を選べる。
ホスキンソン氏は靴の例も出した。見知らぬ人に「靴を買ってきて」と頼む人はいない。足の形も、暮らしている土地の気候も、好みの色も知らなければ選べないからだ。北極圏に住む人にサンダルは贈らないし、黒しか着ない人に水玉の靴は選ばない。
旅先でけがをして病院にかかる場面も挙げられた。医療記録を渡したいが、必要な分だけを使ってほしいし、治療が終わったら相手の手元に残ってほしくない。
どの場面でも、AI は持ち主の細かな情報を知っている必要がある。では、その情報はどこに置かれるのか。
借りる AI と、持つ AI
いま多くの人が使う AI は、大手企業のサービスを借りる形をとっている。賢く、意図もくみ取ってくれる。ただ、ホスキンソン氏の指摘によれば、身元もデータも企業の側にあり、利用者のものではない。
講演では、ここで印象的な例えが使われた。夜中の1時半に電話をかけてきて「あのパソコンは最高だから買うといい」と勧める親友はいない。そんなことをすれば親友ではなくなる。広告で稼ぐ事業者の AI には、持ち主が必要としないものを勧める動機が、構造として残る。ホスキンソン氏は、代わりに動く AI は持ち主のためだけに働くべきで、そのためには持ち主自身が所有していなければならないと論じた。
暗号資産の世界には「自分の鍵を持たなければ、それは自分の財布ではない」という考え方がある。預け先の取引所が破綻すれば資産も失いかねない、という意味の言葉だ。ホスキンソン氏はこれを AI に当てはめた。自分の AI を、自分の鍵で持つ。誰かの都合で止められたり、勝手に中身を見られたりしない形で持つ。講演ではこうした AI を「Nightframe(ナイトフレーム)」と呼び、スマートフォンを充電している夜の間や、家庭用ゲーム機の上で動かす姿も描かれた。
画面から顔を上げる時間
講演の終盤、ホスキンソン氏はこの話を「人間らしい時間を取り戻すこと」とまとめた。電車の中でも、富士山の前でも、桜が散る瞬間でも、私たちは画面を見ている。職場に着けばまずパソコンを開き、画面から画面へ移る間に、人と過ごす時間が削られていく。
氏が描いたのは逆の姿だ。家族と景色を眺めている間に、AI が写真を撮り、編集し、入院中の祖母が喜びそうな一枚を選んで「会いたい、早く良くなって」と添えて送っておく。子育てで眠れず、友人づきあいを何年も止めてしまった親のために、好みの近い人を探し、「この人とは気が合いそうだ」と知らせる。かつて祖母が「あの子と遊んでおいで」と言ってくれた役回りを、持ち主のことをよく知る AI が担う。
講演の間も、ホスキンソン氏の AI は街の中で動き続けていたという。「私はいまコンピュータの前にいない。あなたたちと一緒にいる」。この一言が、講演の芯だったように思える。
まだ揃っていないもの
ここまでの多くは構想で、今日から手に入るものではない。自分で持つ AI を暮らしに入れるまでに、少なくとも次の点が残っている。
- 身元の仕組みはこれから:持ち主と AI が同じ身元を共有する入口として、Midnight の開発陣は「Midnight Passport」を用意している。講演によれば初版は年末で、来年前半にかけて機能を足していく予定だ
- お金を任せる仕組みは試験中:AI に財布を持たせる機能は、9月の時点でテスト用のネットワークで動いている段階で、実際のお金を動かす形にはなっていない
- 自分で持つことの手間:鍵を自分で持つということは、なくしたときに誰も助けてくれないということでもある。暗号資産で鍵を失って資産を取り戻せなくなる例は珍しくない
- 端末を動かし続けるコスト:夜の間スマートフォンやゲーム機で AI を動かすなら、電気代や機器の消耗は持ち主が負う
- どこまで任せるかは自分で決める:AI に使わせる金額の上限、送ってよい相手、見せてよい情報。これを決めるのは結局、持ち主自身だ
便利さを受け取る代わりに、鍵の管理と線引きの判断を自分で引き受ける。それが「持つ AI」の条件になる。
あなたはどうする?
AI を借りるか、持つか。ホスキンソン氏の答えははっきりしていたが、どちらが合うかは人によって違うはずだ。手間を引き受けてでも自分の情報を手元に置きたい人もいれば、預け先を選んで任せるほうが気楽な人もいる。
ひとつ、今日からできることがある。いま使っている AI サービスが、あなたのどんな情報を、どこに保存しているかを確かめてみることだ。そして年末に Midnight Passport の初版が出たら、身元を自分で持つ仕組みが実際にどんな手触りなのかを見てみるといい。
ことば
- ノンカストディアル:資産や鍵を第三者に預けず、本人が管理する方式。暗号資産では取引所に預ける形と対になる言葉で、講演ではこれを AI にも当てはめた。
- AI エージェント:指示された作業を一回こなすだけでなく、目的を受け取り、自分で手順を考えて動く AI。旅行の手配や支払いなど、暮らしの手続きを代わりに担う方向へ広がっている。
- Nightframe:ホスキンソン氏が示した、持ち主の身元を知り、意図をくみ、常に動き続ける個人用の AI の構想。持ち主が所有し、誰にも止められないことを条件としている。
あなたの代わりに動く AI に、あなたは何を任せ、何を手元に残したいだろうか?
