英エコノミスト誌は2026年10月29日の書評記事で、いまを陰謀論の「黄金時代」と書いた。9月30日にドバイ発テルアビブ行きの flydubai 便で起きた事件では、発生から67分後には「イスラエルの偽旗作戦だ」とする投稿が流れ始めた。
公式発表も陰謀論も、外から入ってくる情報という点では同じだ。電気や食べ物を少しずつ自分の手に取り戻すように、情報も「自分で確かめられる」側に寄せられないだろうか。
どの説が正しいかを決める記事ではない。確かめる手順と道具、その手間と限界を置いておく。
まず、確かめられることから
flydubai の FZ1073 便は9月30日、操縦室内のもめごとのあと、サウジアラビアのタブーク空港に着陸した。flydubai は当日の発表で、原因と動機は正式な捜査に委ねるとし、憶測を控えるよう求めた。
10月9日には UAE の検事総長が、副操縦士がベン・グリオン空港のターミナルに機体を突入させる自爆攻撃を計画していたと発表した。副操縦士は単独で行動したと供述しており、共犯者の有無は捜査が続いている。
同じ事件でも、情報には層がある。
- 確かめられていること: 着陸地、UAE の検事総長が発表した計画の中身
- 食い違っていること: 誰が機体を取り戻したか。flydubai は勤務中の自社乗員とし、UAE の検事総長は同僚のパイロットと複数の乗客としている
- 確かめられていないこと: 偽旗作戦だったという説を支える一次資料。反ユダヤ主義を監視する米団体 CAM の集計では、影響力の大きいアカウントによる偽旗説の投稿285件が、4日で8,590万回表示された
公式発表どうしでさえ、細部は食い違う。確かめる作業は「公式か、陰謀論か」の二択では終わらない。
「陰謀論」というラベルの中身は、一種類ではない
陰謀論と呼ばれるものを並べてみると、性質の違うものが同じ箱に入っている。
一つめは、のちに公文書で確かめられた疑いだ。米公衆衛生局は1932年から、黒人男性を対象に、治療をしないまま梅毒の経過を観察していた。1943年にペニシリンが標準治療になっても治療は行われず、研究が明るみに出たのは1972年の AP 通信の報道だった。米疾病対策センター (CDC) が公開している年表で、その経過をたどれる。
二つめは、確かめようがないまま流れ続ける説だ。否定する材料も肯定する材料も一次資料に見当たらず、話だけが広がっていく。
三つめは、誰かを傷つける説だ。事件の被害者や遺族を「役者だ」と呼ぶ説や、特定の民族や宗教への敵意をあおる説がこれにあたる。
「陰謀論」の一語でまとめてしまうと、一つめを見落とし、三つめを他の説と同じ重さで扱うことになる。ラベルを貼る前に、どの箱の話なのかを分けてみる価値はある。
日本は「違う情報源」を信じにくい
広告・広報の調査会社エデルマンが2026年1月に発表した信頼度調査は、価値観や情報源の違う人を信頼できない、または信頼をためらう人の割合を「内向き化」と呼んだ。世界では7割、日本は90%で、先進国の中でも特に高い。
自分と違う情報源を最初から締め出すと、確かめるための材料も減っていく。陰謀論を信じる人を笑うことも、陰謀論を一切聞かないことも、同じように視野を狭める。
あなたが普段は開かない情報源のなかに、確かめる材料が埋まっていることはないだろうか。
確かめる手順は、四つに分けられる
難しい技術は要らない。手順は四つに分けられる。
- 何が言われているかを正確に書き出す。誰が、いつ、何を根拠に言っているかを分ける。説を弱く書き換えてから否定しない
- 一次資料に当たる。公文書、議事録、裁判の記録、論文、当事者の公式発表
- 確かめられたことと、確かめられなかったことを分けてメモする。ノートを縦に二つに割るだけでいい
- 残った問いを、そのまま置いておく。白黒をつけずに保留するのも、立派な判断だ
一次資料までの道筋
日本語で使える入口は、思っているより多い。
- 国会の議論を確かめたいとき: 国会会議録検索システム。衆議院・参議院・国立国会図書館が共同で提供し、1947年の第1回国会以降の会議録を、発言者や言葉で検索できる
- 法律の条文そのものを読みたいとき: e-Gov 法令検索
- 国内の論文に当たりたいとき: J-STAGE
- 国の役所の文書を見たいとき: 情報公開請求。行政機関情報公開法にもとづき、誰でも行政文書の開示を請求できる。総務省の案内では、手数料は文書1件につきオンラインなら200円、書面なら300円だ
- 消えたウェブページを確かめたいとき: Internet Archive の Wayback Machine。過去に保存されたページの姿をたどれる
- 写真や画像の出どころを確かめたいとき: 画像の逆検索。同じ画像が、いつ、どこで先に使われていたかがわかる
海外の話題なら、当局の発表文や論文の DOI (論文ごとに付く識別番号) が一次資料の入口になる。
確かめるには手間がかかり、向かない場面もある
手順は単純でも、楽ではない。
- 時間がかかる。一つの説を一次資料まで辿るだけで、半日つぶれることもある
- 一次資料は英語や専門用語が多く、公文書には黒塗りもある。情報公開請求は、開示まで待つ時間もかかる
- 人は、自分が見たいものを探してしまう。確証バイアスと呼ばれる癖で、確かめているつもりで、裏づけだけを集めていることがある
- 一次資料も間違える。flydubai 便の件のように、公式発表どうしが食い違うこともある
- 健康や医療に関わる判断は、この手順だけで下さない。治療をやめるかどうかのような決定は、主治医や専門家と一緒に考える場面だ
すべての話を確かめる必要はない。自分や家族の暮らし、お金、選択に関わるものから選んでいい。
意見が割れたとき、笑わずに根拠を聞く
家族や友人が、自分には信じがたい説を語ることがある。そのときの向き合い方には、手がかりになる研究がある。
米国の研究チームが2024年9月に科学誌サイエンスに発表した実験では、陰謀論を信じる2,000人あまりが、自分の信じる説と根拠を書き出したうえで、AI と平均8.4分の対話をした。AI はまず相手の主張と根拠を要約し、その一つひとつに具体的な証拠で答えた。笑わず、友好的な調子を保った。その結果、説への確信は平均でおよそ2割下がり、4人に1人は説を手放した。効果は少なくとも2か月続いた。
目的が説得でなくても、学べることはある。相手を笑えば、話はそこで終わる。相手の根拠を聞き、その根拠を一緒に一次資料で確かめれば、どちらの考えも少しずつ動く。確かめた結果、相手の話の一部が正しかったとわかることもあるだろう。
見ておきたい点
- UAE の検事総長と捜査当局が出す flydubai FZ1073 便の捜査結果。誰が機体を取り戻したかの食い違いが、どう整理されるか
- 今日試せること: 国会会議録検索システムで、最近気になっている言葉を一つ検索し、誰がいつ何を言ったかを原文で読んでみる
- エデルマンの2027年版の信頼度調査 (例年1月に発表)。日本の「内向き化」90%がどう動くか
ことば
- 一次資料 — 出来事の当事者や記録者が、その場で残した資料。公文書・議事録・裁判の記録・論文・公式発表など。報道やまとめは二次資料で、一次資料に戻れるかが確かめる力の分かれ目になる。
- 確証バイアス — 自分の考えに合う情報ばかりを集め、合わない情報を軽く見てしまう心の癖。陰謀論を信じる側にも、笑う側にも同じように働く。
- 情報公開請求 — 国の役所が持つ文書の開示を、誰でも求められる制度。行政機関情報公開法が根拠で、手数料は文書1件につきオンライン200円・書面300円。
最近「本当だろうか」と思ったことを一つ、一次資料まで辿るとしたら、あなたはどこから始めるだろうか?
参照
- The Economist「Why this is a golden age for conspiracy theories」(2026年10月29日・有料)economist.com
- flydubai の FZ1073 便に関する発表 (2026年9月30日・原因と動機は正式な捜査に委ねる)news.flydubai.com
The Times of Israel の UAE 検事総長の発表の報道 (2026年10月9日)timesofisrael.com
Combat Antisemitism Movement の ARC 報告 (2026年10月5日・偽旗説の投稿の広がり)Combat Antisemitism Movement- 米疾病対策センター (CDC) のタスキギー梅毒研究の年表The U.S. Public Health Service Untreated Syphilis Study at Tuskegee
- Edelman 2026 年の信頼度調査の発表 (2026年1月18日・内向き化 日本 90%)edelman.com
- 総務省 情報公開制度の開示請求手数料 (オンライン 200 円・書面 300 円)soumu.go.jp
Cornell Chronicle「AI succeeds in combatting conspiracy theories」(2024年9月12日)Cornell Chronicle