Anthropic は10月28日、研究者に Claude の利用枠 (クレジット) を無償で配る「AI for Science」プログラムを広げ、米国立科学財団 (NSF)、英国のウェルカム・サンガー研究所、欧州分子生物学研究所 (EMBL) など20の財団・研究機関・研究プロジェクトと組んだと発表した。これまで研究者が一人ずつ申し込んでいた AI の無償枠が、財団の助成や研究所の内部を通って配られるようになる。
AI を研究の道具として使えるかどうかが、本人の申請だけでなく、所属先や助成元がどこかでも決まり始めた。速報では発表の骨子だけを伝えた。ここでは、研究の現場と、その成果を受け取る暮らしの側にとって何が変わるのかを見ていく。
20組織の内訳と、クレジットの流れ方
発表は提携先を3つに分けている。
- 研究を助成する財団・学会 (6): アルフレッド・P・スローン財団、サイモンズ財団、シュミット・サイエンシズ、ルネサンス・フィランソロピーのオープンソース科学基金、NSF、米国化学会の CAS。これらの団体が、AI を研究に使いたい研究者へクレジットを配る
- 研究機関 (6): ハッブルやジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の科学運用を担う宇宙望遠鏡科学研究所、ウェルカム・サンガー研究所、フランシス・クリック研究所、インペリアル・カレッジ・ロンドン生命科学部、EMBL、グラッドストーン研究所。こちらは組織の内部で使う
- 研究プロジェクト (6): ショウジョウバエの脳の配線図を作った FlyWire (プリンストン大)、気候モデルを改良する LEAP (コロンビア大)、80万人超の DNA データを集めた遺伝的変異の公開参照データ gnomAD (ブロード研究所)、数学の証明をコンピュータで検証できる形に置き換えていくライブラリ Tau Ceti など
残る2組織は、AI エージェントが実験装置を安全に動かすための共通仕様を一緒に作った HHMI ジャネリア研究所と、脳や細胞の大規模データを公開しているアレン研究所で、本文で既存の協業先として紹介されている。
配る量は書かれていない。財団ごと・機関ごとの金額も、研究者が財団経由で申し込む手順も、この発表には載っていない。
成果の多くは、誰でも使える形で残る
Anthropic は、これらの協業の多くが公開データセット、オープンソースのソフトウェア、共通の規格、共有ライブラリといった公共財を生むと書いている。
暮らしに近いのは、希少疾患の診断に使われる遺伝データの側だ。gnomAD は世界中の研究者や臨床検査機関が希少疾患の発見と診断に使う参照データで、オーストラリアのセンター・フォー・ポピュレーション・ゲノミクスは、多文化社会の人々をゲノムのデータに含め、希少疾患を診断する道具を作っている。EMBL の欧州バイオインフォマティクス研究所が運営する論文データベース Europe PMC も、生物学者が毎日使う公開資源として名前が挙がった。
ただし、まだ始まったばかりだ。Anthropic 自身が、協業の多くは初期段階にあると書いている。AI が仮説を出し、データの解析を速めても、実験をして確かめるのは研究者と装置で、その時間までは縮まらない。
日本の研究者が使える入口は、いまも2つ
名前の挙がった20の組織に、日本の機関は入っていない。それでも日本の大学や研究所にいる人が使える入口はある。
1つは、2025年5月に始まった AI for Science への個別の申請だ。対象は研究機関に所属する研究者で、専門家を含む審査を経て API のクレジットが配られる。重視されるのは科学への貢献、研究の影響の大きさ、AI がどれだけ研究を速められるかで、額は公表されていない。所属のない在野の研究者が申し込めるかどうかは書かれていない。
もう1つは「Team plan for scientists」だ。認定を受けた大学や非営利の研究機関の研究代表者 (PI) かそれに準じる人が、所属と研究内容を届け出ると、通常は1席月20ドルの Standard が無料、月100ドルの Premium が15ドルになる。席数は1〜25。審査はおおむね5〜7営業日かかる。
条件には注意が要る。割引は申し込みから12か月で、その後はその時点の価格で更新される。90日使わないと通常料金の Team プランへ移されることがある。企業や受託研究機関、企業の研究開発部門は対象外だ。
次に確かめたいのは、NSF やスローン財団など助成側の6団体が出す次の公募要項に、Claude のクレジットがどう書かれるかだ。そこで初めて、誰がどれだけ受け取れるのかが見えてくる。
ことば
- AI for Science — Anthropic が2025年5月に始めた、研究者に Claude の利用枠を無償で配るプログラム。今回、個人への支援に加えて、財団や研究機関を通じて配る形に広がった。
- gnomAD — 80万人超の DNA データをまとめた、人の遺伝的変異の公開参照データ。希少疾患の原因を探す研究や、臨床検査での診断の手がかりに使われている。
- Lean — 数学の証明を書くと、すべての手順が正しいかをコンピュータが確かめてくれる言語。Tau Ceti はこの言語で数学を書き起こした共有ライブラリを作っている。
研究の道具としての AI が、個人の申請から所属先経由へと広がるなかで、あなたが関わる研究や学びは、どの入口から AI を手にするだろうか?

