小説:「土曜の夜と日曜日の夕方」〜前編〜

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陽子のママ友との夜遊びが一年近く続いた2011年の2月の終わり。
あの夏以来、俺と陽子はずっとギクシャクしていたが、俺も福島に新しく建設される大きな病院との新規契約をまかされることになり仕事に集中していた。
そんな自分にとっても大仕事をやり遂げ、気持ちも一段落ついたある夜、帰宅途中のコンビニの駐車場にクルマを停めて、パンを頬張りながら何気なくケータイの出会い系サイトを眺めていた。
「30から40。2でお願いしまーす♡」そんな書き込みがあった。
最初に読んだ時はピンと来なかったが、しばらく他のものを見ているとふと気がついた。
「そうか、30歳から40歳までの男性、2万円で援交しますってことか」総菜パンをコーラで流し込みながら胸の中でつぶやいた。
そうして、しばらく他も流し読みしていたら、気になる書き込みを見つけた。
「アイツ本当にムカつく!誰か私をここから連れ出して」
俺は、この書き込みを読んだ時、何か不思議な共感を覚えた。
「たぶんこの娘も寂しいんだろうな……」
勝手に親指が、その娘にメッセージを打っていた。
「どうしたの? 何があったの? 相談にのるよ」自分でも気が利いたこと言えてないなと思いながらもメッセージを送ってみた。
メッセージは、すぐに返ってきた。
「いくつ?」とそれだけのなんとも素っ気ない返事だった。
「35歳だよ」俺もすぐに返事を送った。
しばらく経って、その娘からメッセージが届いた。
「アイツと同じ歳だね(笑)ムカつくけど、まあいいや」
俺は、「しまった!」と思ったが、返事がきたということは一応大丈夫なんだと思い、それから30分近くその娘とメールを繰り返した。
すごく楽しくて、何かスッキリしない俺の心がだんだんと開いていくような気がした。
あの娘とは、それから2週間くらいメールのやり取りが続いていた。
陽子の俺に対する態度も一向に変わらないままだったが、あの娘とのメールにとても癒やされ、穏やかに振る舞えるようになっていた。
「あのさ、明日会ってみる?」
そうメッセージを送ってきたのは、彼女のほうからだった。
「いいよ♡」
俺は、自分を癒やしてくれている彼女に興味が芽生え、会ってみたいなと思っていたが陽子に対する罪悪感もあったので、自分からは会おうとは伝えずに今日まできた。
「明日、一緒にお昼ご飯食べようよ」
彼女は、17歳だと言っていたので学校は大丈夫なのかと心配したが、俺もそんな彼女の悪戯心に誘われ「OK!」とすぐに返事をした。
大仕事も一段落したことだし、仕事のことはなんとかごまかせると自分に言い聞かせた。
「じゃあ、明日駅の近くのコンビニに12時待ち合わせね」とメッセージを送った。
2011年3月10日 木曜日 午後11時25分。

「今日は、朝10時からT病院に行って、午後はそのまま市内の薬局をまわります」と部下の飯島さんに伝えた。
朝からどうも落ち着かず、五臓六腑がずっと緊張していた。女子高生にこんな風に初めて会うことや内緒で悪いことを企んでいることを全て胃袋が受け止めているようだった。
適当に事務処理を済ませ、早々に出かけることにした。
3月に入って日差しは春らしくなってきているが、まだまだ寒い日が続いていた。
今日は、決算期にも関わらず意外と営業に出る者が少なく、会社の駐車場には営業車がほとんど停まったままだった。
クルマのエンジンを掛け、しばらく駐車場にクルマを停めたまま彼女にメールを送った。
「お昼、何食べたい?」
別に聞くことも無かったが、気持ちが落ち着かなかったのでとりあえずメールを打って緊張をごまかそうとしただけだった。
「特に食べたいものは無いけど、『ポンヌフ』に行きたい!」
すぐに届いた彼女からのメールに、その名前を見つけて余計に緊張感が増し、さらには罪悪感も加わった。
陽子と家族の大切な場所で、しかも平日にも関わらずこんなことをしていてもいいのか?と少し自己嫌悪を感じたが、彼女に対して特に変更する理由も見つからなかったので「ポンヌフ」に行くことを決めた。
「なんであんなメールしちゃったんだろ……」後悔がつぶやきとなって出てきた。
少し早かったが、駐車場からクルマを出して、営業先へと向かった。
救われたことに我が社の営業車には、社名ロゴがドアにしっかりと入っているバンタイプのものと、社名が一切書かれていないセダンタイプのものがあった。
今日は、納品が一切無かったし、もしも街で誰かに目撃されるということも考えられたのでセダンタイプのものを朝イチから予約しておいた。
2011年3月11日 金曜日 午前9時33分。

T病院での用事は15分足らずで済み、ふと思いついたように海を見に行くことにした。こんなに近くにいつも海があるのに凄く久しぶりだなと思いながらクルマを海に向けて走らせた。
そういえば、昔は何かある度に行っていたなと思い出した。
いま考えていることや悩んでいることの答えを導き出してくれるような気がしていつも陽が落ちるまで海を眺めていた。
海に出る少々手前でクルマを停め、自動販売機で何か飲み物を買おうと思った。
右手の人差し指が勝手に、そして何かを懐かしむように販売機のボタンを押していた。それは、学生の頃よく飲んでいたドクターペッパーだった。
最初は、あのクセのある味に馴染めず、特においしいとは思わなかったが飲み続けているうちに病みつきになっていた。たぶん味というよりあの頃の気分と何か似た味だったんだと今は思う。
そんな気分を思い出して、勝手にドクターペッパーを選んだんじゃないかと思い、一人で噴いた。
そして再びクルマを走らせた。
海のそばまで来て、なるべく目立たないところにクルマを停めた。さっき買ったドクターペッパーを持って歩き出した。
しばらく歩いたところで海が見えてきた。
久しぶりの海は、昔と何も変わっていなかったが、今日はどこか寂しそうに映った。それは、最近の自分の気持ちが寂しげに映し出したのか、この時はハッキリと理由はわからなかったが、何か違って見えた。
南からの風が強く吹いていたが凄く寒く感じた。
浜辺に腰をおろし、さっき買ったドクターペッパーを開けて一口含んだ。
しばらくぶりの味は、あの頃のままだった。
「俺、どこまで来たんだろう? 陽子とはこれからどうなるんだろう?」とぼんやり海を眺めていたら心の奥底に隠れていたものがふと浮かんできた。
「そうだ明日は、翔太の誕生日だし、久しぶりにみんなで出かけてみようか」
そう思ったら、これから彼女と会うことが少し億劫に感じた。
久しぶりに来た海は、いままでとは少し違う感じがした。
今日の後ろめたい気持ちだけではない、何か胸騒ぎがするような感じが確かにした。だが、こうして海を眺めていると、さっきまでの引きつるような胃の痛さはいくらか治まったようだった。
陽子はどうしてあんな風に変ってしまったのだろうか? 俺のせいばかりではない、何か悪魔のようなものが取り憑いて正気を奪い去ってしまったんじゃないだろうかと……誰も変えることができない、ただ成りゆきを見守ることしかできない自分がすごく不甲斐なく感じた。
こうして目の前で繰り返す、寄せては返す波は、永遠に続いていくのだろうか? 俺たちの生活もこのように当たり前に続いていくのだろうか? 今は何も信じることができなくなっていた。
しばらくして、ふとケータイをみたら彼女との待ち合わせにちょうどいい時間になっていた。
ゆっくりと立ち上がり、クルマに向かって歩き出そうとしたが、今日はなんだかこの海から離れがたい気がしてなかなか歩き出すことができなかった。
「ごめんな、陽子、翔太、美咲。明日はみんなで楽しい翔太の誕生日やってあげるからね、ごめんな!」
そう言って海風に押されるようにして、歩き出した。
2011年3月11日 金曜日 午前11時20分。

後編へつづく……

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