小説:「土曜の夜と日曜日の夕方」〜後編〜

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テレビが試験電波の画面に変わり、日付はとっくに変った。
今日は、あの日からちょうど2年が経った2013年3月11日。
カップから溢れる水は、あの日の恐ろしい思い出を呼び起こしていた。あれからの2年間はとても辛く長い時間だった。毎日吸っていたタバコを急にやめ、その手持ち無沙汰と禁断症状がずっと続いている感じに似ているかもしれないなと思った。
明日も早いし、もう寝るかと独りごちながら布団を頭からかぶった。
仮設住宅の冬は、想像以上に寒い。おそらくそれだけのせいではないと思うが……いつになったら春が来てくれるのか? それとも永遠に冬が続いていくのだろうか? 特に日曜日は、そんなことばかり考えてしまう。そうしていつも夜がしんしんと更けていった。

「おはようございます」
飯島さんは、なにか感慨深げで、そして哀悼がこもった挨拶の言葉をかけてくれた。昨日からずっと考えた末の一言だったのだろうと思った。
「おはよう!」
そう感じた俺は、いつもより元気に応えた。そして、いつもありがとうの気持ちを込めて……。
「今日は、大学病院に行って、それから半休いただきます」
そう言って、早々と営業に出た。
 
AM8:57 南相馬市立総合病院 到着
早速クルマのトランクから納品物を抱え、病院の裏口にまわった。
病院に入るとやはり今日はいつもと雰囲気が違った。ちょうど震災から二年ということもあってみんな気持ちが引き締まっているように感じられた。
いつものように、購買担当の女性としばらく会話を交わし、納品を済ませた。そして病院の廊下を歩いていると不意に後ろから声をかけられた。
「マ・コ・ト・さん!」
声をかけてきたのは、葵ちゃんだった。
「なんで、ここに居るの?」
突然の再会で動揺が隠せなかった。しかもあの時の印象とはあまりにも違っていた。  
長い髪をアップにして、化粧っ気のない顔でナース帽と白衣を身にまとっていた。強くしっかりとした表情は、本当の意味での大人を感じさせた。
「いまお時間ありますか、少しお話しませんか? ちょっと待っててください」
葵ちゃんは、一方的にそう言って早歩きでナースルームに入って行った。

俺たちは、病院の屋上にあがった。
「お久しぶりです」
少し照れくさそうにして頭をぺこりと下げた。
「こちらこそお久しぶりだね、元気そうで良かったよ」
葵ちゃんが元気そうで本当に嬉しかった。しかもあれからちょうど二年後の今日という日に再会できて……
「どうしてここに居るの?」
「私、あれから看護学校に進学したんです。やっぱりお母さん、あの日に亡くなったんです……」
そう言ってから少し寂しそうな表情になったが、すぐに明るい表情に戻ってこう続けた。
「お母さん、人助けが大好きだったから、私も誰かの支えになれたらって思ったんです。それでいま、この病院にインターンで来ているんです。驚きました?」
「驚いたよ! そりゃー。頑張ってるんだね」
俺は、自分のことのように嬉しかった。あの日以来、こんな気持ちになったのは初めてだった。
それからしばらく、あれからのお互いを語り合った。そして型通りの別れの挨拶をして、俺は病院を後にした。

朝から病院の駐車場はいっぱいになっていた。
すれ違いざま、母親に抱っこをされている小さな女の子と目が合った。俺は自然とその女の子に微笑みかけていた。
そして、歩く足取りがだんだんとしっかりしていくのがわかった。
クルマのシートに腰をおろし、エンジンをかける手に力がこもった。
ハッキリとさっきまでの自分とは違っていた。葵ちゃんに背中を押されたような気がした。
しばらく何を見るでもなくフロントガラスの先を見つめいたら、ふとあることが頭の中に浮かんだ。
幸せってなにも特別なものではなく、ただ愛しい人と話したり、笑ったりできるそんな日曜日の夕方の食卓みたいなものなんじゃないかと。
俺も陽子も、それが当たり前になり過ぎて、煌びやかで何かワクワクするような土曜の夜を求めてしまったんじゃないかと……。
俺は、ゆっくりとクルマを発進させた。
これからも、もう帰ってこない陽子たちと暮らした日々のことやあの日の後悔は続いていくだろう。
でも現実をしっかりと見つめて前を向いて生きていかなければいけないと、葵ちゃんと再会できて、そう思った。
クルマのラジオからは、誰かがリクエストしたAirplayの「She Waits For Me」がかかっていた。
まだまだ寒い日は続くだろう。けれども必ず春は来ると信じたい晴れ渡った月曜日の朝だった。
<〜終わり〜>

前編はこちら

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