小説:「土曜の夜と日曜日の夕方」〜後編〜

0
337

俺は、途方もなく広い荒野で陽子たちを探してさまよい歩いていた。太陽は精一杯の高さまで昇っていた。突然、ジャケットに入れていたケータイが目を覚ました。
「はい、倉田です」
「お疲れさまです。飯島です。ご無事でしたか?」
昨日は、電話回線が集中して不通状態が続いていたため連絡が取れなかった。今朝から社員の生存確認のために総務が電話対応に追われているようだった。
「倉田さん、ご自宅が海に近かったので心配していたんです。でも連絡が取れてよかったです」
「でもまだ家族が見つからないんだ……いま、自宅があった周辺を探してる……もうダメかもなあ」電話をくれた飯島さんには悪かったが、意気消沈した態度で応えた。
「倉田さん、会社のそばにある小学校も今朝から避難所になったみたいですよ。一度、そちらに行ってみたら何か手がかりがつかめるかもしれません」飯島さんは、決して諦めないでくださいと励ますように伝えてくれた。俺は心からの礼を言って電話を切った。
ケータイをジャケットにしまい、まわりを見回した。瓦礫だらけでしかも荒れ果てた生まれ故郷を改めて見て、途方に暮れた。
まわりでは、せわしなく大声を出しながら青年団の人が遺体の収容にあたっていた。
そんな光景を目の当たりにして、今は生きていると信じる気持ちより、諦めの気持ちのほうが勝っていた。それでも一縷の望みを託して避難所に行くことに決めた。
会社近くの避難所に辿り着いたのは、夕方の5時過ぎだった。校門の辺りは、救急車やパトカー、報道のクルマなどでごった返していた。
避難所になっている体育館の中は、各々の家族ごとでスペースを陣取り何か幾何学模様のようになっていた。こんなときには不必要なくらい天井が高く、空調設備も充実していない館内は底冷えがしていて、避難している人々はみな毛布にくるまって震えていた。
翔太や美咲の年頃に近い子供たちを見つけるたびに小さなため息が出て、胸が苦しくなった。
一通り探してはみたが、両親も陽子たちも見つけることができなかった。
体育館後方にある放送室の前に遺体収容所に関する貼紙を見つけた。そこには、目の当たりにしたばかりの遺体が集められているのだと思った。
この避難所で見つからなければ、そっちにいるんじゃないかとますます弱気になった。当たりくじが入っていない抽選箱に手を突っ込むような感じがしてふて腐れるしかなかった。
あまりの寒さと疲労とで気力が限界に近づいていた。やっとの思いでたどり着いた遺体収容所の入口には、いくつかの固まりができていた。泣き叫ぶ妻を肩に手をまわしながらなだめる年老いた夫や、この状況がちゃんと把握できているかのようにすすり泣くお母さんのスカートにしっかり捕まって歯を食い縛っている小さな男の子がいて、全ての悪夢がここに集まっているかのようだった。絶望への扉がすぐそこに迫っていた。
鉄の重い扉をゆっくりと横にスライドさせた。
「うわー……なんなんだよ……」残酷すぎる現実に目を背けたくなった。
最初に床一面の原色に近いブルーが目の前に飛び込んできた。しーんと静まりかえった館内からは、そこかしこですすり泣く声だけしか聞こえなかった。
避難所とは違い、均等に敷きつめられた青いシートの上に人の姿は見えなかったが、隆起する大小の凹凸は確認できた。
パッとみただけでも相当な数の遺体であることはわかった。これからこの全てを確認していくんだと考えただけで気持ちが折れそうになった。全てハズレくじであってくれと願いながら、入口に近いシートからめくっていった。
遺体は、各々違う形で硬直していた。何枚か確認したところで、気がおかしくなりそうだった。もう見たくない。口にハンカチを押し当てながらトランプの神経衰弱のように次から次へとめくり続けていった。
どれくらいめくってきただろう、半分を過ぎただろうか、何か胸騒ぎがして一瞬手を止め、次のシートに目をやった。
大小の隆起した凹凸は、シートの上からでもハッキリと見覚えのあるものだと感じた。しばらくそのまま立ちすくみ、次をめくる手が躊躇していた。きっとこの一枚をめくってしまうと、何もかもが終わってしまう……。
シートをしばらく眺めているうちに、走馬灯のように陽子や翔太、美咲、おやじ、おふくろの幸せそうな笑顔が交互によみがえってきた。今までの緊張が一気に溶け、涙となってあふれ出してきた。嗚咽しながらまぶたの裏側で映し出されている思い出を一通り見終わったところで覚悟ができた。
シートに手をかけ、ゆっくりと優しくめくった……。
穏やかに眠ったような顔をした陽子が現れた。次に翔太、美咲、おやじ、おふくろと……まるで家族みんなが添い寝をして幸せそうに眠っているようだった。
心の中で「バーン」と何かが弾けたような気がした。
もう涙は出てこなかった。ただ悔しくて悔しくて、自分を責め立てた。
俺をこの遺体の家族だと気付いた青年団員らしき人物が話しかけてきた。自分が陽子たちを発見してくれたのだと言った。発見した時は、全員クルマのなかで亡くなっていたとのことだった。おそらく陽子が子供たちをクルマに乗せて、近くに住む年老いた俺の両親を迎えに行き、逃げる途中で渋滞に巻き込まれ、どうすることもできず津波に飲み込まれたんだろうと思った。
「おやすみ……」
そう言って、寒くないよう布団をかけるようにしてシートを再びかけた。