小説:「土曜の夜と日曜日の夕方」〜後編〜

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俺は、ソファーに座り、おもむろに上着のポケットからケータイを取り出し、メールと着信を確認した。そして電源を切った。
葵ちゃんは、二人が寝ても持て余すくらいの大きなベッドに腰を下ろし、軽くボンボンと弾んでみせた。
そして枕元のほうに移動して、そばにある操作ボタンを触り始めた。
「あっ、暗くなっちゃった。キャー」
ちょっとふざけて楽しんでいるようだった。
「シャワーでも浴びてこよっかな」
部屋のライトを薄暗くしたまま、俺をわざとからかうような言い方をした。
軽くスキップをするような感じでシャワールームに向かっていった。
俺のそばを通り過ぎた時、フワっと、ほのかにいい髪の香りを残していった。
「覗かないでよねぇ」
あかんベーをしながら、シャワールームに続くドアの扉を閉めた。
しばらくしてシャワーを浴びた葵ちゃんは、バスタオルを巻いただけで部屋に入ってきた。
服を着ている時の印象はとても華奢な印象だったが、バスタオルを一枚だけしか巻いていない彼女は、とても17歳とは思えないくらいに大人の女性らしい丸みを帯びた体つきだった。
俺の目の前には一人の美しい女性がいるのだ。そう改めて思うことで本能に赴くままの一匹のオスとしての欲望が沸きあがってくるのがハッキリとわかった。
「俺もシャワー浴びてくるね」
そう言って、シャワールームに向かっていった。
落ち着かない気持ちと、これから起こる情事への期待。湯船にまず浸かりたい気分になって、バスタブにお湯を溜めることにした。
お湯が溜まるまで、先にシャワーを浴びようと思い、蛇口をひねった。
お湯は勢いよく飛び出してきた。
頭から思いっきりシャワーを浴びていたその時、何か地面の奥底から、低い地鳴りのような音が聞こえてきた。
しばらく、その不気味な音が続いていたが、どこかで工事でもしているのだと思い、そのままシャワーを浴び続けていた。
すると突然、床から大きな生物が出てくるんじゃないかと思うような、下から突き上げてくる揺れが起こりはじめた。
「キャー! 何? 地震?」
葵ちゃんが動揺して、叫びながら俺がいるシャワールームの扉を開けた。
「落ち着いて! すぐにおさまるから! 俺もここにいるから大丈夫だよ!」
俺もすごく動揺していたが、彼女を安心させるためにも、また自分自身を落ち着かせるためにも静かに、そして力強く言った。
葵ちゃんは、裸の俺にしっかりしがみついて小刻みに震えていた。
俺は、バスタオルを急いで取り、葵ちゃんと部屋に戻ろうとした。
揺れは、おさまるどころか徐々に強くなっていき、完全に立っていられなくなっていた。最初は、下から小突かれるような小さな縦揺れだったが、今は、自分たちがピンボールの玉にでもなったかのように左右に振り回される程の大きな横揺れに変わっていた。
幸いにもホテルの部屋には、家具などのようなものは無く、大きなテレビもしっかり壁に取り付けられているのか、倒れてはこなかった。
俺たちは、すでに床に四つん這いになった状態で、揺れに身を任せているしかなかった。
揺れは、どこまでも大きくなっていくように感じられた。長い。それにしても長過ぎる。
「これ、地震なの? 長くない!」
葵ちゃんは、悲鳴とも罵声とも区別ができないような精一杯の大声で叫んでいた。
気がつくと部屋はまっ暗になっていた。
揺れは、ゆっくりになってきたような気はするが、未だに大きな横揺れが続いていた。
2011年3月11日 金曜日 午後14時46分18秒。東日本大震災発生。