小説:「土曜の夜と日曜日の夕方」〜後編〜

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「それじゃ、『ポンヌフ』に行こうか!」
俺は、クルマにキーを挿し、エンジンをかけた。
「楽しみだなあ、今日は何時まで大丈夫なの?」
シートと両方の太ももとの間に手を差し込み、少しピョンピョンと弾むような感じで葵ちゃんが聞いてきた。
外見とはギャップのあるそんな素振りをみるとやっぱり高校3年生の17歳なんだなと少し安心した。
「5時半には、会社に戻らなきゃいけないけど、それまでは一緒に居れるよ」
会っても気乗りしなければ、食事を済ませたらすぐに帰りたいと考えていたが、この少しの時間で葵ちゃんにとても興味が湧いていた。
ドライブでもしながらいろんな話しができたらいいなと思うように変わっていた。それも葵ちゃんから時間延長の申し出があったのでこちらとしては、願ったり叶ったりの質問だった。
「なんで、『ポンヌフ』に行きたかったの?」
こんな南相馬でも、まだいくつか若い娘も行きたがるような気の利いたお店があったのに、なぜこの店を指定してきたのか聞いてみたかった。
「お父さんがまだいた頃に家族でよく行ってたんだあ。私の誕生日や何かある度には必ず。でもお父さんがいなくなってからは一度も行かなくなっちゃった……」
葵ちゃんは、少し寂しそうな表情になった。それでも楽しかった昔を懐かしむようにフロントガラスの先の遠くを見ていた。
俺にとっても大切なその場所を、こんな半分も歳の違う女の子と共感できることに嬉しく思った。葵ちゃんとこんな風に出会ったのも何かの縁だと感じた。
「葵ちゃんは、いつも『ポンヌフ』で何を食べていたの?」
「ハンバーグ!」
急に子供っぽい表情に戻って、元気に答えた。
翔太も大好きなハンバーグか、明日は翔太の誕生日だな。翔太が大きくなっても葵ちゃんみたいに「ポンヌフ」が大切な場所になるのかな……なんて、ふと我に返って思った。

「さあ、着いたよ」
「わー、懐かしいなあ」
本当にうれしそうな感じで、助手席から降りた。
「何年ぶりだろう? 6年ぶりくらいかな……」
そんなの言葉を聞きながら、ここに来なかった葵ちゃんの6年間をふと考えた。
何があったのかわからないが、まだ17歳なのに6年もの間、幸せだった思い出を閉じ込めたまま我慢してきたのだろうと思いやった。
「ハンバーグ、思いっきり味わいな!」
俺は、なんだか胸が熱くなって、勢いに任せ葵ちゃんの肩を叩きながら言った。
「なによ!馴れ馴れしいなあー」
ふざけて嫌がるふりをしながら、やわらかい身のこなしでそう言った。
懐いているんだか、懐かないのかわからない素振りのまるで猫のような娘だと思った。
「ポンヌフ」は、天気のいい金曜日ということもあって時間を持て余した主婦と思われるいくつかのグループがおしゃべりしながら、ときたま大きな笑い声をあげて食事を愉しんでいた。
俺と葵ちゃんは、どんな風に見られているのだろうと、ちょっと気まずい感じがしたが、それを素早く察したかのように女性店員にむかい、
「お二人様です。あそこの角のテーブルがいいんですけど」
と、葵ちゃんは、主婦たちのグループから死角になる窓際のテーブルを指定した。
俺は、葵ちゃんに着いていくような格好でテーブルに向かい、席に着いた。

「わー、嬉しいな。いつもこの席だったんだあ」
そう言いながら、懐かしそうにメニューを眺めていた。
この席を指定したのは、まわりの視線の気まずさからだけでなく、昔家族で来ていた頃、いつもこのテーブルだったのだと知った。
「やっぱりここのハンバーグ美味しい!」
デミグラスソースを口の脇にちょっと付けて、まるで小さな子供のように嬉しそうに言った。
まるであの時の翔太を見ているようで、胸が苦しくなった。
「口の脇、ソースついてるよ」
おどけて俺がそう言うと、葵ちゃんは恥ずかしそうにうつむきながらナプキンで口を拭いていたが、俺の視線と目が合って、思わず二人でふいてしまった。
そして、しばらく沈黙が続いた後。
「この後、ホテル行こっか?」
葵ちゃんの突然の発言に驚いて、答えに困った。
「いくらなんでも、17歳はマズいでしょう……」
一応、俺も妻子持ちの一般社会人だし、良識的に答えておこうと思った。
「だって、私が誰かに言わなきゃわかんないし、大丈夫だよ。別に後からお金ちょうだいなんて言わないよ。なんちゃって……」
とても素直で可愛い娘だと思った。そしてずっと寂しくてたまらなかったんじゃないかと思った。
「OK! まだ会社に戻るまでたっぷり時間はあるし、行こっか」
17歳の女の子から、こんな恥ずかしいことを言わせて、無下に断るのは逆に失礼な気もしたのですぐに同意した。
俺も寂しかったんだ……ずっと。
ちょっと遊んでやろうと思っていたし、ちょうど良かったんだと自分に納得させながら窓の外を眺めた。
2011年3月11日 金曜日 午後13時46分。